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本帰国日記2:ネガティブスイッチオン、しんどい1日、夜は家とさようなら

本帰国日記2:ネガティブスイッチオン、しんどい1日、夜は家とさようなら

本帰国日記1に引き続き、ただの帰国日記です。

朝食が7割マレー、食べれるご飯がオムレツとパンで落ち込み、ネガティブスイッチがオンに

あまり下調べをしていなかったのですが、インピアナの朝食は7割ぐらいがマレー料理でした。しんどい。しんどい。しんどい。

食べれるものがない。

色々コーナーを見て回るとマレー以外にもオムレツとか、パンとか、中華っぽいのもあったけど、あまり食べられそうじゃない…。

結局オムレツとパンを食べることになりました。

マレーシア最後のホテルご飯はオムレツとパンになるのかぁと思うとちょっと悲しくなりました。

そして、ここ連日の落ち込み具合もあってか、なんかとても辛くなってきて、そこから夕方まで気持ちが落ち込んでしまい、元気な気持ちに戻ってくれませんでした。(補足ですが、まじで普通こんなことで1日落ち込みません。なんなら次の日からカフェとかでご飯食べ始めるぐらいの気概があります。昔からやばい時は突然スイッチはいって落ち込みがすごくなるんです…)

ネガティブオーラ全開のままでPCR検査へ

この日はPCR検査をする日。何があってもPCR検査はうけなくちゃいけない。

でも、頭が負の感情でまみれて辛くて辛くて。

こんなに辛いのに外出したのは数年ぶりで、本当にしんどかったです。

泣きたくて泣きたくて、夫も当然イライラしてるし、自分のせいでこうなってて、もう嫌で嫌で。

とりあえず日本にかえらなくちゃと思って、なんとか行きました。

ネガティブなまま、引き払う家の掃除。ホテルに戻ってもネガティブが治らず夕方泣いていた

PCR検査が終わった後、引き払う家の掃除にいきました。掃除してホテルに戻るまでもうずーーーーーーーーーーーーーーーーーっと気持ちがどん底。最悪でした。

もうもうもうだめ。今思い返しても尋常じゃない感じでした。

これは双極性障害は関係あるんだろうか?なんだろうか?私が悪いんだろうかと色々思ってましたが、夕方になるまでは気持ちの切り替えが一切できませんでした。

ホテルに戻ってから夕ご飯を食べるまでは、ベットで布団かぶってずーっと泣いていました。しんどかった。

夫は用事があったので、昼過ぎから夕方まで出ていたのですが本当に辛かった。

夕ご飯を買ってきてもらって、食べて、ネガティブがほんの少しマシになったので、夜再び引き払う家へ

見出しの通り、めっちゃくちゃ泣きじゃくってネガティブだったのですが、夫が伊勢丹でお弁当をかってきてくれて、それを食べたら少し元気になりました。

夫も外出して帰ってきたこともあって、イライラもおさまってくれていて本当にありがたかった。

ご飯を食べた後、夫が「昼間家掃除して帰った時、いい雰囲気じゃなかったから、最後にもう一回行って、いい気持ちで部屋とお別れしよう」と提案してくれました。

少しまだネガティブでしたが、この日を逃したらもう、家には入れないので頑張っていきました。

コンドミニアムの中では沢山写真とりましたが、その他はやっぱり辛かったので写真は少なめでした。

家の部屋を1つ1つめぐって「この部屋ではこんなことがあったね」と話をして、家を出ました。

半年しか住んでいませんでしたが、良いお家でした。

この日は本当に散々だった

もう帰国して1ヶ月ぐらいはたったのですが、この時は本当にボロボロだったなぁと改めて思いました。

後で抜け出してわかったけど、この頃は帰国であれやこれをしなくちゃいけないとか、帰国後にあれもこれもしなくちゃとか、帰国への不安、実家に帰る不安いろいろな気持ちが渦巻いていたこともあったので、なんか辛かったのかなぁと。

その他、この頃ラミクタールという薬を増量していた関係もあったのか、ネガティブな感情が薬のせいで湧いてきている説もあって…

もう悪いことが重なってたんでしょうね。

そんな日でした。帰国して隔離が終わるまでは本当に不安定な感情でした。

この日に関しては、特にこれ以上書くことはありません。笑

おわり。